ねぶたの里

みなさん、気分はすっきり?

今日 新潟地方も 梅雨入りしたと発表あり 

ジメジメジトジトの季節が来ちゃうんですね~。(もう中学生口調)

すっきりしない天気が続きそう。(気分だけは すっきりしていたいわ!)

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そんなこんなで、(一体何が 言いたいねん。)

「これは なんやねん。」

「あつあつのくるくるポテト」やて 

kurukurupotetoWM.jpgすっきりして もらわなければ あきまへん。

行列になっていたので、覗きこんでしまいました。


フライドポテトがりんごの皮むきの様にくるくるになって串に刺されていました。 

手が汚れなくて 食べやすいかも。。。

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手が汚れる事を 気にしていたのではないけど。。。ちょっとつまんでみたりして。。。

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「あ・ち・ち」と思うほど HOT(あつあつ)では なく (せっかく うちわを準備していたのに)

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飛び跳ねるほどの 意外性もなかった
「あつあつのくるくるポテト」

どこかで 見た時 愛着を感じますねんテ。。。


東北3大夏祭りの一つ
ラッセラー、ラッセラー、ラッセ、ラッセ、ラッセラー「ねぶた祭り」 の迫力と 勇壮さが体感できる
【ねぶたの里】
住所:青森市横内字八重菊1 TEL:017-738-1230(代)
アクセス:JR青森駅からバス約30分:JRバス横内線 ねぶたの里入口下車徒歩10分 
営業時間 :9時~17時30分(最終入園受付 17時00分) 休館日 12月21日~翌年1月14日
料金: 小学生210円 中学生420円 大人630円(ねぶた会館のみ)
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最勝院五重塔

みなさん。気分は、ゆったり?

hakusan7WM.jpg季節は 急激に夏に向かっているような暑い今日。
手を抜いて スーパーで買った「お刺身」と「ところてん」と焼くだけの「ハンバーグ」。
「ほうれんそうのおひたし」と「うどのきんぴら」
これから先が思いやられます。^_^;

新潟は つつじと藤の花が綺麗な季節になりました。
もう、桜の季節は遠い昔。 目は遥か彼方へ。。。


しかし、まだ見れたんです。

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「最勝院五重塔」
津軽統一の際、戦死者を分け隔てなく供養するため3代藩主信義が明暦2年(1656)着工・4代藩主信政により1667年(寛文7)に完成しました。
三間五層総高31.2m。初重の床面積32.7㎡。長い相輪が美しく、銅赤色の壁と漆喰の白色の色の対比は素晴らしいですよね。
飛騨高山の匠により、一本の釘も使わずに建てられたとされており、本州最北の国指定重要文化財五重塔となっています。
クリックして見てください。大きくなります。
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近隣の人々に大円寺の五重塔とも呼ばれ 親しまれているこの塔ですが、元は真言宗大円寺所属のもので明治5年(1872年)の神仏仕分けの際、大円寺は大鰐町蔵館へ移り、その跡を最勝院が譲り受けたとされています。

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「新仁王門」をくぐると、「本堂」「鐘楼」。両脇に「三十三観音」が見えます。
「鯉のぼり」も泳いでいました。

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弘前は東北の京都と形容されるほど寺々が蝟集し、新寺町の寺院街は、各宗派の寺院二十三カ寺で構成されています。
かつて、弘前城の防衛的役割を果たす外郭として生まれましたが、真言宗、天台宗、浄土宗、浄土真宗、法華宗などの宗派が渾然一体となっています。

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「水屋」

これは、水屋の上部です。
目を惹いたのが 鬼なんです。
台輪上で、東西南北四方に鬼を配して天井の張りを支えているんです。
鬼が支える天井には逆梵字が彫られていました。
通りかかったお坊さんにお聞きした所「光明真言」が薬研彫にて彫刻されているのだそうです。
この水屋は、津軽産の総ヒバ入母屋造りの和様建造物です。

saisyouzi1.gif「六角堂」
百五十年前に建てられた六角形のお堂です。近年老朽化が激しく、軸部の傾斜に加え内部の損傷も進んでいた物をこの度、修繕。
昭和初期になくなったと言われたご本尊も、六角堂に安置、法要されました。五月八日までの一カ月間、一般向けにご本尊を開帳されていたんです。




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この画像 可愛いでしょ!
桜の花とたんぽぽが挨拶しているようです。
最勝院には、「堀江佐吉の碑」があります。
どきっ
「堀江佐吉」

そろっと 昨年から後回しにしている「弘前の洋館」が 気になり始めています。


所在地:〒036-8196 青森県弘前市大字銅屋町63番地

縄文時代に 行ってみませんか!

みなさん。気分は、すっきり。。。?もやっと。。。?さっぱり。。。?

「立冬」の今日。新潟は荒れ模様。暴風雨です。
母が、叔母達と「誰の行い(おこない)が悪いのやら。。。」と 口々に言いながら
温泉に出かけて行きました。
私はと申しますと、「お煎餅の日」と新聞に出ていたのを良い事に
今 亀田の柿の種を食べています。

そして もう一つ。 今日は私の好きな本田美奈子さんが亡くなった日でもあります。

月日が経つのは 早いですね~。
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ぽーーんと異空間に飛ばされた感じですが。。。
縄文時代の再現です。

う~ん。
1年2年の短いスパンでなくて、時間の流れるのは、早いんだよなぁ~~~

さて、社会科で習った縄文時代のおさらいを。。。
約12,000~13,000年前に始まり、約2,300年前に終わったとされ、その約1万年間を 「縄文時代」 、その文化を 「縄文文化」 と呼んでいます。縄文時代には土器の製作との使用、むらが作り始められました。
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地面を掘って床を作りその中央に炉を設け、柱を円錐形に立て屋根をふく。これが縄文時代の竪穴住居です。
その年代によって家の形・構造に少しずつ変化が見られます。特に炉には、土器片を敷きつめたものや石で囲ったものなど、その時々の流行を見ることができます。(掲示板より)

さて、私が今立っているこの場所。

青森市の三内丸山遺跡 国特別史跡になっています。

こちらへ、5年ぶりに、訪れてみました。

以前は、遺跡ゾーンだけだったのに、
今では、綺麗なパークとして、縄文時遊館があり、中には 観光プラザ 縄文シアター 縄文ギャラリー 
体験工房 観光プラザ レストラン 
さらに 県立美術館がこの7月にオープンしていました。
びっくり。

この遺跡が見つかった当初は みなさんもご存知の様に びっくり仰天でしたね~。
こんな大きな集落が縄文時代にあったなんて。。。

sannnai1WM.jpg縄文時代の人々は、主に植物採取・狩猟や漁撈をして、少人数の集団が移動をしながら暮らしていたと考えられていたわけですが、この遺跡が見つかった事により、長期間にわたって定住生活をしていた事が明らかになりました。
その元になったのが、クリの巨木の柱跡の発見だったわけです。



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大型竪穴住居跡からの復元です。
縄文時代と言うと、原始人を想像していたのに、こんな大きな建物があり、会議でもしたんでしょうか?
スゴイ事ですよね!
今から 5千年ほど前の話なのですから。。。

この「大型竪穴住居」の内部
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中を見て、ビックリしてください。
長さ32m、幅9.8m (高さは 右画像を参考に想像してください。)
共同作業所とか、集会所、あるいは冬の間の共同家屋などに使われたと推測されています。

以下 説明ボードより。

 これは、縄文時代中期後半(約4、900年前)の竪穴住居です。
 長さは約32m、幅は約9.8mでその床面積は252.4㎡、竪穴の面積は229.4㎡となっており、竪穴式住居としては日本では最大規模のものです。
 建物は、19本の太い柱で支えられています。周囲には溝が掘られ、柱穴が並んでいたことから柱に支えられた壁があった壁立式の建物であったと考えられます。これらの柱の間隔は、全て70㎝の倍数となっているので、当時、縄文時代の長さの単位(縄文尺)があったと考えることができます。屋根は、支える柱の位置がら想定して、東側を寄棟造りとし、西側を入母屋造りとしました。
 屋根裏の一部には床を設けました。これは、大雪の年には西側の入母屋部分がら出入りした可能性が考えられること、また、物の保管などに有効に活用したのではないがと考えたがらです。建物の高さは、地面がら約7.5mで、竪穴の深さは1.2mとなっています。
 出入口の位置ははっきり分がっていませんが、大きい建物であることがら3箇所設けました。建物の中には、石囲炉の跡が認められたので、これを復元しました。
 材料は、クリ材を使い、屋根と壁は茅葺きとしました。
 この建物の用途は、共同作業所や集会所などという説があります。

     

ここに、三内丸山遺跡の概要をまとめてみました。
野球場建設予定地約50,000㎡に、縄文時代前期から中期(約5,500年前~約4,000年前)にかけての多くの貴重な遺構群・約580棟の竪穴住居跡、10数棟の大型竪穴住居跡、100棟を超える掘立柱建物跡、多量の遺物が廃棄された泥炭層、約1,000年にもわたって土器や土などが捨てられ続けて小山のようになった盛土遺構、さらには約880基にもおよぶ子供の墓などが発見されています。
また、遺跡からは日本最古級の漆器、カゴなどの編物、敷物のほか、各種の骨角器、獣骨、魚骨、植物種子等も多量に出土しています。


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広場の左手に集落を象徴する建物として復元された六本の巨大なクリの木柱も圧巻です。
これは、穴の直径約2m・深さ約2mで、中に約1mのクリ材の木柱が入っていた建物跡から、 再現した物です。
 資料によりますと、柱の直径は1m.、高さは14.7m.。重さは、一本で8tもあるそうです。三本ずつ二列に並び、柱の間隔は 全て4.2m.
ここにも、この時代に、長さの単位(縄文尺)があったと言う証拠が 見られます。

しかし、どうやって この巨大な建造物を構築したんでしょうねェ~。
    
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高床式の倉庫も 復元されています。
これらの建物(三つ並んでいます。)は、同じ棟方向のため同時に建てられていた可能性があると言われています。その掘立柱建物跡の位置が集落の中央部にあたるため、倉庫やお祭りに関係する建物だったのではと考えられています。

倉庫だったとしたら、えらいことですよね~。
稲作や狩猟による蓄えがなければ 倉庫は必要ないわけですので、倉庫を有するだけの富があったのでしょうか。

土器・石器・土偶などの出土品を見学できる展示室前のベンチからは、復元した竪穴式住居が点在する広場が見渡せます。
ここに5500年前から4000年前(縄文前期から中期にかけて)の1500年間。
多い時には500人近い人が定住していたと思うと感慨深い物があります。

そして、そこには、どんな文化があったんでしょうね~。
分からないことが 浪漫ですねッ。

所在地:青森県青森市大字三内
 

tag : 竪穴住居

城下町

桜の開花前線が北海道に達したと言う報道があった。
「春だよ~っ」て。(もう、立夏すぎたよ。^_^;)


5月4日。お天気の誘われて、午後遅く、弘前に出かけた。
「桜の開花時期」には、過去2回弘前城(通称 鷹岡城 築城年1611年)を訪れている。
これが、今年最後の桜のお花見と、思うと力が入る。(なんでやねん?)

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  岩木山(津軽富士)  「弘前城」本丸より。

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追手門より入り、杉の大橋   奥に天守 手前に下乗橋

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段々ライトアップされてくる。
a129WM.jpg   旧市立図書館も。。。 know more。こちらに画像置いてます。 


これより先1週間ほど前の4月30日。
福島県の「鶴ヶ城」に行った。(築城年 1384年)
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42.jpg   語り部のおばさんは、柔らかく。。。
人力車のおじさんは、力強く。。45WM.jpg


そして、さらに2週間前の4月15日
新潟県の「新発田城」通称 菖蒲(あやめ)城 築城年不明だが、1654年頃に完全な城の形になったとされている。}に行った。
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     4.1527WM.jpg  4.151WM.jpg

城には 桜がよく似合う。。。
 
北上する桜前線を追っかけて桜を見たこの春
さて、北海道の城下町は[松前] 松前城 (通称 福山城)か。。。(変な気を、おこしては なりませぬ。北海道へは。。。と、自分に言い聞かせる。)

弘前城:青森県弘前市下白銀町



     
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